更新日誌2010.01.15 眼のなかを太陽が彷徨う
眼のなかを太陽が彷徨う
ってアルチュール・ランボーのイルミナシオンかよ。左眼球の左白目部分が真っ赤に充血したまま一週間。鏡に映すと、パックリ柘榴のように爆ぜた血の色がこちらを睨み返してきて、悋気である。赤い紅い、真っ赤に咲いた血の池地獄じゃ。? 横溝正史の小説ではあるまいし。
「そりゃ、ジイサン。糖尿病性網膜症にちげえねえぞ」うちの豚サイが家庭用医学百科のページをひらいて指さす。第一行の「失明にいたることもあり」が飛びこんできて、そのつづきはまったく目に入らなくなる。なるほど、ボルヘスの道しか残されてねえってわけか。
うちの年老いた老母は、自分の病名を自己診断して訴えまくるのが、気散じの趣味だ。のべつまくなし、そこらじゅうに不具合をみつけるから、ネタの尽きる心配は皆無。実害はないといっても、死ヌ、死ヌ、を毎日きかされるのは鬱陶しい。その繰り言が唯一の「生きる証し」だという事実にかぎりない無常を感じる。
豚サイの場合は、ちょうど逆で、このオレの具合が悪いと、すぐさまいろいろ調べて病名診断におよぶ。こちらもどういうわけかネタが続出するわけで。口うるささと執拗さは老母をも抜き去る勢いだから閉口する。
進退きわまって、某大学病院眼球診断科に行った。
医師運がありますように。
「そういえば十年くらい前、網膜剥離の手術をやってまして」訊かれるまで思い出さなかったから適当なことをいうと、「レザーですか。どっちの眼?」「さあ、両方だったような……」
瞳孔をひろげる薬を点眼してもらい小一時間。
眼のなかで空と海とが気だるく溶け合ってきた頃合い、検査室に呼ばれる。その日の予定はすべてキャンセル。
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